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バカラのグラス

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秋の鎌倉古美術展で、antiquesわとなさんから譲ってもらいました。
ブリキ星は、漆や土ものなど渋いもの路線だったせいか、
古いバカラ(フランスのガラスメーカー)の、
面取りグラスは新鮮で魅惑的でした。
口に2カ所、小さなアタリ修理があります。

 (口径6.3センチ、高7.6センチ、底径5.2センチ)

須恵器

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シャープなろくろ形成です。
厚さ約4ミリという薄さで、その技術には驚きます。
猿投系のように見えますが、よく分かりません。
長頸の部分が欠けていますが、
花入れとしては使いやすくなっています。

 (高13センチ、口径6.8センチ、高台径7センチ)

弥生土器

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弥生後期の、のんびりとした造形です。
関東出土のタイプです。

 (口径11センチ、高14センチ)
  <売約済みになりました>

李朝白磁祭器

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18世紀、分院の白磁です。
上手のものが長年使い込まれて侘びた風情になっています。

 (径21,5センチ、高8,5センチ、底径11,5センチ)

紺紙金泥高麗経

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高麗時代の写経の断簡です。
日本の平安時代の写経にも似て、華麗です。

 (本紙 縦32センチ、横5,5センチ)

鉄鉾

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なんとも美しい造形です。
実用ではなく、神社に奉納されたものです。
室町頃と思われますが、形はより古式です。

 (長39,5センチ)

華籠(けこ)

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華籠は、蓮の花びらを撒く、散華の儀式のときに花びらを盛るお皿。
一度は手にしてみたいと思っていたものです。
細い竹で編まれた、繊細で優雅な姿は何ともいえませんね。
金箔もかなり残っています。
室町時代のもので、古い箱に入っています。

 (直径28センチ)
  <予約中です>

北九州の木彫仏

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一木造りです。残っている白土の美しいこと・・
心おだやかな気持ちにさせてくれる仏さまです。
こういうのを、神仏習合の地で生まれた地方仏、
神像系仏像というのでしょうか。
数年前、大分県立歴史博物館で、二の腕から腰にかけての
ふっくらしたプロポーションがそっくりな木彫仏に出会ったことがあります。

 (高41センチ)


土偶

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先日、ミホミュージアムの「土偶・コスモス」展に行ってきました。
山奥にある美術館は、平日だというのに沢山の人。
縄文って、こんなに人気があったのかな? と不思議な気分。
縄文オタクの私は、初めて見る土偶がいっぱいで大満足でした。
写真の土偶は、スラウェシ島出土です。
凄みのある造形は、縄文に負けず劣らず魅力があります。

 (横17,5センチ)

御本茶碗

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薄作で、手に取ると軽いので驚きます。
御本茶碗とは、日本からの注文で李朝でつくられた茶碗のこと。
釜山の倭館内には窯場がつくられ、朝鮮の土と陶工によって、注文品が焼かれました。
この茶碗は、古い箱に入っていて、「高麗御本鹿の子茶盌」と書かれています。

 (口径13センチ、高8,5センチ、高台径5,5センチ)

トゥン トゥン

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両手をあごにおいて座っている人。
背中には、赤ちゃんがしがみついていますね。
ボルネオ、イバンダヤク族の木彫です。
トゥン トゥンという棒は、狩で無事に帰ってこられるようにという祈りの道具で、
罠を仕掛けた時の目印としても使われました。

  (長50,5センチ)

古代ガラスの腕輪

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古代ガラスを見ていると、幻を見ているような感覚に陥ります。
これは、中部ジャワの出土。副葬品だったと思われます。
紀元500年から、6〜7世紀にかけてのものといわれています。

  (直径9センチ、高1,5センチ)

風鐸

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これは、めったに眼にすることがない大型の風鐸。
私にとっては「奇跡的」な出会いです。
これだけの大きさから見て、国分寺などで五重塔などの大きな建造物に
取り付けられていたものと思われます。
梵鐘を小さくしたような形ですが、鋳造は薄手で、銅鐸のようにシャープです。
上部には乳とよばれるポツポツがあり、下部には斜め格子の文様があります。
時代判定は資料が少ないので難しいのですが、鎌倉以前というところでしょうか。
実は、この風鐸は江戸時代後期〜幕末頃に発掘され、
当時の茶人によって風炉に転用されて長いこと使われてきたものでした。
私が最初に眼にしたときは、灰や五徳も入っていて現役の風炉の状態でした。
残念なことに、風鐸最上部の釣り手は削り取られ、
古い板が打ち付けられて、風炉の土台になっていました。
それには、江戸期の釘が使われていました。
古い板の取り外しは比較的簡単でしたが、両脇についていた青銅製の獅子の取っ手
(これも江戸中期頃のもの)の取り外しがなかなかできず、修理業者さんに依頼しました。
その際、最上部と取っ手の釘穴6箇所の穴埋めもしてもらい、
風鐸としてよみがえりました。

 (長最大27センチ)

浄法寺角徳利

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一見「民芸」風ですが、江戸前期〜中期の、古手の浄法寺です。
指物でつくられた大きな樽(指樽)はたまに見ますが、
角徳利は珍しいです。

 (11×12,5センチ、高15,5センチ)
 <予約中です>

李朝堅手茶碗

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手にしたときの、やや厚手の重たさとゆるやかなひずみが心地よいです。
白っぽい陶土と青みがかった釉薬もいいですね。
竹節状の高台で、16〜17世紀のものです。
発掘ものですが、目立ったカセはなく、お茶に使ってみたくなる茶碗です。

 (口径13〜13,5センチ、高6,8センチ、高台径4,8センチ)

李朝の盆

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「やつれ」の極みのような、よれよれの盆です。
私は好きなのですが、人によって好みが分かれそうな危うい世界です。
李朝膳の天板はよく見かけますが、盆は数少ないです。

 (径33〜35センチ)

反花

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蓮台の一部で、蓮の花を伏せた型を「かえりばな」といいますが、
その言葉の響きが何ともいえません。
この寄せ木の「かえりばな」は、鎌倉時代のもの。
多分最初で最後の出会いでしょうね。

 (径23〜24センチ)

伊達塗盃

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伊達塗は、浄法寺と違って、分厚い塗りの骨太で上手なつくりです。
使い込まれた朱の美しいこと。
桃山時代のものと思われますが、まだ現役で使えます。
底には、伊達家の家紋「三引両」があります。
「三引両」の入った漆器は、仙台城をはじめ、旧伊達藩領各地からも出土しています。

 (5枚セット 径約11センチ、高約5センチ)
  <売約済みになりました>

合鹿木皿

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松と菊の漆絵がいいですね。
ウブで、力があって、奔放で、雑器の魅力にあふれています。
能登半島柳田村周辺でつくられたものです。
合鹿椀は有名ですが、合鹿漆絵木皿はあまり知られていません。
江戸中期のもの。5枚セットですが、それぞれに傷があります。

 (径13,5センチ、高3,2センチ)
  <売約済みになりました>

明治時代の油絵

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松島の絵です。
「絵はがき」みたいな絵ですが、飽きがきません。
「至」というサインが入っています。
作者は亀井至一と思われます。
至一は、1843年(天保14年)江戸で生まれ、石版画の第一人者として活躍した人です。
当時は、外国人のお土産用として、日本の名所・風俗の写真や石版画の需要が多かったのでしょうね。
松島の絵は、「写し」の絵ですが非凡さを感じます。
素直で気分のよいものです。

 (45×52,5センチ 額はありません)
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