$ 0 0 薄手で、生がけ、卵のようにふっくらとしている盃です。 使い勝手がよさそうです。 鎹(かすがい)による古い直しがあります。それが意匠となって魅力を増しています。 (口径4,6~4,9センチ 高さ4,7センチ 高台径2,6センチ) <売約済みになりました>
$ 0 0 美しいラインの装身具です。 左は、六角星形の飾りが付いたかんざし。 沖縄で発掘されたときいていますが、交易で高麗から持ち込まれたものと思われます。 中は、さいしと呼ばれる髪留めです。高麗では女性だけでなく男性も髷を留めるために使用していたとか。 発掘数は多く、珍しいものではありませんが、特別に形のよいものを選びました。 右は、初見のもので、用途不明です。 (左11,5センチ、中6,5センチ、右6センチ) 価格 セットで40,000円
$ 0 0 薄手でシャープな造りは、日本の室町、鎌倉の盆を見るようなかっこよさ。 精霊に供物を捧げる器だったと思われます。 素材は鉄木(てつぼく)といわれる鉄のように堅くて重い木。 器の表面は無数の使用痕がみられ、裏面の浅浮彫りの紋様は磨滅しています。 工芸品というより、古手のプリミティブの魅力です。 台湾先住民は、現在、台湾政府によって認定されている民族だけでも16あります。 戦前の日本植民地時代には、「高砂族」とよばれていました。 写真の盆(大皿)が、台湾先住民のどの民族のものかは不明です。 (径34~36センチ、高さ3,5~4センチ) <売約済みになりました>
$ 0 0 掌サイズの淺鉢です。「宮城石越」の墨書きがあり、この地が発掘場所と思われます。 口縁の装飾が一部を残して欠損しています。繰り返し使用するなかで欠損していったように見えます。 儀式用のミニチュア土器に含めていいかどうか判断できません。 縄文時代後期~晩期のものと思われます。 (径9~9,5センチ、高さ5センチ、高台径4,5センチ) 価格 30,000円
$ 0 0 空も海もひとつになっているような、淡い浅葱色の世界。 夢の中にあるような音のない風景です。 この絵は、日本画家として知られる青木大乗(1894-1979)の、ごく初期に描いていた油絵。 1920年代に使用された「宏峰大乗」というサインがあります。 私には、この頃の大乗が初々しく輝いて見えます。 (ボードに油 40×52センチ 額はありません)
$ 0 0 写真は、小田原にある「江之浦測候所」から見た相模湾。 何も考えることなく、ただ、海を見ているのはとても贅沢な時間でした。 「江之浦測候所」は杉本博司さんによって設計されたところ。 一度訪れただけではつかみきれないおもしろさがありました。
$ 0 0 調理道具なのですが、造形的なおもしろさがあって木彫作品のような趣です。 堅くて重い木で、重さは3,4キロ。 取っ手は革製。19世紀末のものです。 (木のサイズ 縦20~26,5センチ、横42,5センチ、厚さ5センチ) 価格 28,000円
$ 0 0 丸太を手斧で削ってつくられた窓扉。 風雨にさらされ、朽ちて、鉄の鎹(かすがい)によって補強されています。 済州島の伝統的な民家は、草家とよばれ、茅葺き屋根に木と石と泥でつくられていました。 (横 37~43センチ、縦 100~103センチ、厚さ 2,0~2,5センチ)
$ 0 0 やわらかで、ふっくら。 一見、愛知や岐阜の弥生土器に見えます。 でもこれは、今から7500年前(縄文時代早期後葉)のもの。縄文世界はじめての壷型土器です。肩の沈線による輪線文、線の間をうめる刺突文が特徴です。 南九州に、上野原遺跡に代表される縄文早期の文化が栄えていたことが知られるようになったのは、20数年前のこと。 この早期縄文文化も6400年前の鬼界カルデラの大爆発によって壊滅してしまいます。 写真の壷型土器も、火砕流、火山灰に埋まっていたもの。鹿児島、熊本、宮﨑あたりの遺跡からの出土と思われます。 (高さ13,3センチ)
$ 0 0 筒型に立鶴は、高麗茶碗の御本立鶴茶碗を写したもの。 端正で嫌味がなく、品を感じます。 江戸中期の萩ですが、今窯から出てきたような状態のよさ。あまり使われずに蔵で眠っていたのかもしれません。 窯傷の修理があります。 藤田香雪(伝三郎)の花押のある箱が付きます。 この茶碗は香雪(天保12年ー明治45年)のコレクションだったと思われます。 (口径10~10,2センチ、高さ9,6センチ、高台径6センチ)
$ 0 0 ボルネオダヤク族は吹き矢で狩猟をしていたことが知られていますが、これは毒矢を入れた容器。 蛇をくわえた猫の姿がいいですね。 野性味あふれる顔は、家猫ではなくボルネオヤマネコでしょうか。 この猫の木彫は、細長い竹筒のフタになっています。 竹筒にも全面にダヤクの文様が彫られています。 19世紀にさかのぼるものです。 (長さ 全体32センチ、猫木彫部分12,5センチ)
$ 0 0 12~13世紀の南宋の青白磁です。 発掘ものですが、ふっくらとした形と艶やかな魅力はまだ残っています。 盃の外側全体に、印刻の縦線文様があります。 高台には、小さなカケがあり、僅かなガタツキがありますが、使用上の問題はありません。 (口径6,3~6,5センチ、高さ5,5~5,7センチ、高台径3,5センチ)
$ 0 0 祭祀用につくられたといわれるミニチュア土器。 数多く出土されているので珍しくないのですが、これだけ質が高く美しいものは稀です。 左の高坏は造形と胴部の文様のおもしろさ。人面装飾文様に見えます。 右のかわいい小壷は丹の美しさ。ほとんど剥落することなく残っているのは驚きです。 いずれもミニチュア土器のなかでも小さいタイプで、縄文時代晩期のものです。 (左 高さ3,5センチ、口径2,5センチ. 右 高さ2センチ、口径1,3センチ) <売約済みになりました>
$ 0 0 日頃、忘れてしまっていることを思いおこす8月。 6日~15日まで、JON DANさんによる、満州に眠る家族を追悼する展示がおこなわれています。 会期 8月6日(月)~15日(水) 11時~18時 会場 ギャラリーブリキ星
$ 0 0 自然石の丸い御神体は、全国にあって珍しくありませんが、見かけるとつい欲しくなってしまいます。 この御神体は、ちょっと変わっていて小さな突起物があります。 明らかに加工された痕跡がみられます。 縄文時代の異形石器のなかに、同様の形を見ることがありますが、この御神体はそれほど古いものではありません。 (直径約17~18センチ)
$ 0 0 朝鮮半島北部で焼かれた会寧の茶碗。 お茶の影響はなく、朝鮮の大地から自然に生まれたような野趣の魅力です。 この茶碗は、大きなワレがありますが、朱漆を使った直しがアート、見込みの釉薬の発色が神秘的です。 李朝後期18~19世紀のものです。 箱はありません。 (口径15,4センチ、高さ7,5センチ、高台径6センチ)
$ 0 0 大ぶりで、日輪のシンプルなデザイン。 驚くほど薄手で、よく鍛えられた鉄味のよさ。 これは、室町時代前期にさかのぼる長巻の鍔です。 鍔専門の職人が生まれる以前のもので、刀匠や甲冑師によってつくられたといわれています。 (直径9,6センチ、厚さ0,15~0,20センチ、重さ105グラム)
$ 0 0 出会う機会の稀な銅製毘沙門天。 鎌倉時代のものです。 鎧を身につけた武人の姿で表され、右肘をまげ、左手は宝塔をかかげています。 一度火中しています。 量感のあるプロポーションはしっかり残っていて、十分楽しむことができます。 (高さ 本体7,5センチ、台座含め10センチ) <売約済みになりました>
$ 0 0 水の中を気持ちよさそうに泳いでいるお魚さんの絵の見事なこと。 ミュージアムピースの出来映えです。 この上に頭をのせて眠れば、よい夢を見られそうです。 これは中国北宋時代(11世紀)に、磁州窯で焼かれた陶枕(とうちん)。 庶民の実用品でした。 白土を塗り、乾ききらないうちに竹か木で線刻し、透明釉をかけて焼かれています。 底には窯傷があります。 (23センチ×18,3センチ、高さ7,3~9,4センチ)
$ 0 0 ゆったりとして、おおらかな姿形がいいですね。 やわらかな焼で、土器に近い状態です。 壷内側は炭素が吸着し、黒くなっています。 写真のように、口から大きなニュウがあり、下部には削られたような傷があります。 発掘時の傷とは異なる、刻印のようなものがみられます。 平安時代末期のもので、経筒外容器だった可能性があります。 熊本出土の伝来があります。 花が映えそうです。 (口径17センチ、田川27,2センチ、底径21センチ) <売約済みになりました>